Chef Mary Clarke(シェフ メアリー・クラーク)
ル・コルドンブルー シェフ/インストラクター
ワシントン州シアトル出身のシェフ メアリー・クラークは、ワシントン大学卒業後、サン・フランシスコに移り料理の勉強を始める。「カリフォルニア・カリナリー・アカデミー(California Culinary Academy)」を卒業後、サン・フランシスコの「マサズ(Masa's)」にキッチン・スタッフとして就職し、彼女のメンターであるシェフ ジュリアン・セラノ氏のもとで2 年間働く。「マサズ」を離れた後、シェフ クラークは「シェラトン・パレス・ホテル(Sheraton Palace Hotel)」の歴史ある「ガーデン・コート・レストラン(Garden Court Restaurant)」に移り、その後「ジョーディズ・レストラン(Geordys Restaurant)」で副総料理長になる。「ジョーディズ・レストラン」は4つ星評価のみならず、その他さまざまな高評価を得る。
その後シェフ クラークはカリフォルニア州メンドシノに移り、130室あるブティック・ホテル「ヒルハウス・オブ・メンドシノ(The Hill House of Mendocino)」の総料理長になる。しかし美しい太平洋岸北西部が恋しくなったシェフはシアトルに戻り、人気のベジタリアン・レストラン「カフェ・フローラ(Cafe Flora)」の総料理長となる。その後、新しいチャレンジに意欲的なシェフは、新しいレストラン「エル・カミノ(El Camino)」の総料理長を務め、メニュー作りやキッチンのデザインも手掛ける。「エル・カミノ」は好評でオープンし、大成功を収める。
現在シェフ クラークは次世代シェフ育成のため、ネバダ州ラスベガスの「ル・コルドンブルー・カリナリー・カレッジ(Le Cordon Bleu College of Culinary Arts)」でインストラクターとして教鞭をとる。
Chef Pano Karatassos(シェフ パノ・カラタッソス)
カイマ&バックヘッド・ライフ・レストラン・グループ (Kyma&Buckhead Life
Restaurant Group) 創立者/社長
ジョージア州アトランタのパノ・カラタッソスは、アメリカでも屈指のレストラン起業家の一人として知られている。彼は「パノズ&ポールズ(Pano's & Paul's)」、「103ウエスト(103 West)」、「バックヘッド・ダイナー(Buckhead Diner)」、「チョップス(Chops)」(ザ・ロブスター・バー(The Lobster Bar)とザ・クラブ・アット・チョップス(The Club at Chops)も同じ)、「プリッチ(Pricci)」、「ヴェニ・ヴィディ・ヴィチ(Veni Vidi Vici)」、「アトランタ・フィッシュ・マーケット(Atlanta Fish Market)」、「パノズ・フード・ショップ(Pano's Food Shop)」、「バックヘッド・ブレッド・カンパニー&コーナー・カフェ(Buckhead Bread Company & Corner Cafe)」、「ナヴァ(Nava)」、「ブルーポイント(Bluepointe)」、「カイマ(Kyma)」などを含む有名なカイマ&バックヘッド・ライフ・レストラン・グループ(Buckhead Life Restaurant Group)の創立者であり、また社長兼オーナーでもある。人一倍仕事に対する熱意を持つカラタッソスは、自ら各レストランのコンセプト構築からレストランの日常業務の監督、料理や人事、内装などの品質基準の調整にまで携わる。彼はコミュニティにも貢献しており、チャリティの募金係やその他いくつも地域団体の役員なども勤めている。
Chef Frank Ostini(シェフ フランク・オースティーニ)
ヒッチング・ポスト シェフ/ワインメーカー/経営者
セントラル・カリフォルニア出身のフランク・オースティーニは、1952年から彼の家族が経営するステーキハウス、「カスマリア・ヒッチング・ポスト(Casmalia Hitching Post)」に出入りし、レストラン環境の中で育つ。カリフォルニア州ブエルトンにある伝統的な炭火バーベキューが自慢の彼のレストラン、「ヒッチング・ポストII(Hitching Post II)」で彼はメニューの幅を広げ、すべてを炭火で調理するようになる。LAタイムズ、NYタイムズ、「グルメ」誌と「サンシャイン」誌(Gourmet and Sunset magazines)からの高い評価、及びウルフ・ガングパックやボビー・フレイ等シェフ達の熱狂的なサポートのおかげで、フランクはレッドオークの火で肉をグリルする一般的に「サンタマリア・スタイル・バーベキュー("Santa Maria Style BBQ")」と呼ばれるバーベキューに関し、この地域のスポークスマンの役目を担うようになる。
フランク・オースティーニは1984年からパートナーのグレイ・ハートレーと共に、「サンタバーバラ・カウンティ・ピノ・ノワール(Santa Barbara County Pinot Noir)」を専門とした「ヒッチング・ポスト・ワイン(Hitching Post Wines)」を造るようになる。アカデミー賞R受賞映画「サイドウェイ(Sideways)」に「ヒッチング・ポストII」と「ヒッチング・ポスト・ピノ・ノワール」が取り上げられたお陰で、フランクは近年国際的に注目を浴びるようになる。このワイナリーには常時800バレルのワインがあり、年に15000ケースのワインを生産する。「私たちがワインを造り始めたとき、一つの目的がありました。」フランクは言う。「それは良いワイン−私たちが造ったワインを家族の経営するレストランのテーブルに出すことです。食べ物とワインのビジネスは私がしたかったことのすべてです。そしてこれからしたいことのすべてでもあります。」