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Maui Hawaii Golf Courses
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カパルア・リゾートの歴史

カパルア・リゾートは、かつてのプランテーション(大農園)という遺産を大切に受け継いでいます。エコ・フレンドリーな開発事業、美しい自然、自然と調和した農業といった面からもお分かりいただけるように、健康志向と環境への配慮の精神がカパルア・リゾートの日常生活のいたるところに息づいています。

カパルア・リゾートの進化
太古、ハワイ全土は「アフプアア」と呼ばれる、森から海に至る扇状の区画に分割されていました。人々は土地の高度に合わせて様々な作物を作り、河口では漁業を行って生活していました。美しい入り江とビーチに囲まれた、ホノルア、ホノカフア、ホノコワイ、ホノコハウ、カハナ、マヒナヒナ、マイレパイという7つのアフプアアが、後にホノルア農園となり、現在はカパルア・リゾートとなっています。

ハワイの近代史は、ドワイト・ボールドウイン博士がハワイに来て住居を構えた1836年に幕を明けました。彼は17年間ハワイとハワイの人々のために尽くし、国王より2,675エーカー(10.9平方キロメートル)の土地を与えられました。カハナ、マヒナヒナのアフプアアの土地は農業・放牧用として使用されました。その後、ホノルア・ランチとなったその土地は、更に土地の寄付、購入、合併などを経て、1902年には24,000エーカー(97.6平方キロメートル)にまで拡大しました。

1850年〜1902年までの期間、ドワイトの息子ヘンリー・ぺリン・ボールドウインは、熱心なスコットランド人の農園専門家デービッド・トーマス・フレミングの助けを借りて、その土地の持つ豊かな農業的可能性を開化させました。2人は、何エーカーもの土地にコーヒー、タロイモ、アロエ、マンゴーを植えたのです。カパルアの道沿いにクックパインやノーフォークパインを植樹したのもフレミングです。

1912年、フレミングとH.P.ボールドウインの息子ハリーは、最初、20エーカー(81,296平方メートル)の土地にパイナップルを植えました。その30年後、ホノルア・ランチはホノルア・プランテーションとなりました。

1932年、H.P.ボールドウインの孫娘フランシスの夫となったウォルター・キャメロンは、マウイ・パイナップル・カンパニーを設立しました。その息子であるコリン・キャメロンは、ここでしか見ることのできない動植物の宝庫となっている、カパルア・リゾートの背後にそびえるプウ・ククイ山の自然保護区域を永遠に後世に残せるように、カパル・アリゾートの構想をたてました。

その後、コリン・キャメロンとマウイ・ランド・アンド・パイナップルは、1992年、西マウイの9,000エーカー(36.6平方キロメートル)近くの土地をハワイ自然保護委員会に寄付し、ハワイ州最大の私有自然保護区域を作りました。

今日、ヘンリー・ぺリン・ボールドウインがホノルアに来てから1世紀以上が経ちますが、カパルア・リゾートとマウイ・ランド&パイナップル・カンパニーは変化しながら成長を続け、ハワイの遺産を大切に育みながら、未来を見据えています。



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